
イノベーションの速度は決して緩むことがありません。ここで紹介する科学のブレークスルーの影響は、私たちの生き方や働き方、そして周りの世界との私たちのつながり方を再定義することになるでしょう。大きいスケールでは宇宙探査から、小さいものでは単一細胞レベルの診断まで、これらブレークスルーは、可能性の限界を押し広げるよう、イノベーターをインスパイアさせるようなものばかりです。新たなトレンドや新しい発見、そしてユニークな視点を先取りするために、ぜひCAS Insightsを購読してください。
研究とイノベーションにおける新たな機会に関する最新の洞察については、「2025年注目すべきトレンド」の投稿を参照してください。
宇宙探査の新時代

宇宙が信じられないほど広大だと、認識を新たにするような出来事が起きました。ジェームス・ウェッブ宇宙望遠鏡から初めて撮影された写真は、畏怖の念を抱かせるものです。この望遠鏡は、最も高度な技術を使用して開発されたものですが、これにより得られる宇宙の知識は、今後何世代にもわたり、将来のミッションや探査につながるものとなります。最近では、新たな月探査ミッションがNASAのアルテミス計画として開始されました。これも、将来の火星探査への道を切り開くものとなります。この宇宙探査の新時代は、宇宙航空学以外の分野での技術の進歩を促し、材料科学や食品科学、農業、さらには化粧品に至るまで、実社会での応用を発展させるのです。
AI予測におけるマイルストーン

科学コミュニティでは、タンパク質の機能と立体構造の関係をより詳しく理解すべく、何十年にもわたってその解明に取り組んできました。2022年7月、Deep Mind社は、AlphaFold2、RoseTTAFold、trRosettaX-Singleのアルゴリズムを用いて、タンパク質分子の直鎖状アミノ酸配列から折りたたんだ立体構造を予測できることを明らかにしました。このアルゴリズムの予測により、構造データが不明なヒトタンパク質の数は、4,800個からわずか29個まで減少しました。AIには常に課題が付きまといます。それでも、タンパク質の構造を予測できるようになると、ライフサイエンスのあらゆる領域に影響を及ぼします。今後の主な課題は、天然変性のタンパク質や、翻訳後修飾や環境条件により構造を変化させるタンパク質のモデル化などです。タンパク質のモデル化のほかにも、AIの発展は多くの産業と学術分野でワークフローを再構築し、発見能力をさらに拡張し続けています。
合成生物学における発展中のトレンド

合成生物学には、治療薬、香料、繊維、食品、燃料など、さまざまな生体分子や材料の製造に人工生物系(ゲノムの大部分またはゲノム全体が設計または操作された微生物など)を用いることで、合成経路が再定義されるほどの可能性を秘めています。例えば、豚の膵臓を使用しないインスリン、牛を必要としない革、クモを必要としないクモの糸が製造可能になる可能性があります。ライフサイエンス分野だけでも信じられないほどの潜在的可能性があるところ、この合成生物学を製造業に応用すれば、将来のサプライチェーンの課題を最小化し、効率を高め、よりサステナブルなアプローチでバイオポリマーや代替素材を生み出す新たな機会が得られるようになります。現在は、AIベースの代謝モデリングやCRISPRツール、そして合成遺伝回路などを使用することで、代謝の制御をはじめ、遺伝子発現の操作やバイオプロダクションの経路構築などが行われています。この分野は、枠を超え複数の産業に広がり始めています。代謝の制御と工学の課題に関する最新の開発状況と新たなトレンドは、2022年のJournal of Biotechnology誌の記事で紹介されています。
シングルセルメタボロミクスの飛躍的進歩

遺伝子配列解析とマッピングの研究は大きく進歩した一方、まだ細胞に関してはゲノム解析でそれにどんな能力があるのかまでしか知ることができません。細胞の機能を詳しく理解するためのプロテオミクスとメタボロミクスのアプローチは、それぞれ異なった切り口から分子の特性と細胞内経路を明らかにします。シングルセルメタボロミクスにより、生体システム内の細胞内代謝のスナップショットが得られます。課題はメタボロームが急速に変化することです。また、細胞の機能を理解するためにはサンプルの調製が重要です。シングルセルメタボロミクスにおける最近の進歩(オープンソースの技術、高度なAIアルゴリズム、サンプル調製、新しい形態の質量分析など)を総合すると、詳細な質量スペクトル分析が可能であることがわかります。これにより、研究者は細胞単位で代謝産物集団を判断することができ、診断の可能性が大きく広がります。将来的には、生体内のがん細胞を1個まで検出できるようになる可能性を秘めています。新しいバイオマーカー検出法や、ウェアラブル医療機器、そしてAI支援によるデータ解析を組み合わせることにより、これら一連の技術は、診断と生活を向上させることでしょう。
新しい触媒でよりグリーンな肥料生産が可能に

毎年、数十億もの人々が継続的な食料生産に必要な肥料に依存しています。肥料製造における二酸化炭素排出量とコストを削減することは、農業が排出量に与える影響を変えることになります。肥料生産で使われるハーバーボッシュ法では、窒素と水素をアンモニアに変換します。東京工業大学の研究者らは、変換時のエネルギー消費量を削減するため、窒化ランタン担体上に触媒活性を有する遷移金属(Ni)を含有した、水分が存在する状態でも安定した活性を維持する貴金属フリーの窒化物触媒を開発しました。この触媒はルテニウムを含まないため、アンモニア製造時の二酸化炭素排出量を削減する、低コストの選択肢となります。La-Al-N担体は、ニッケルやコバルト(Ni、Co)などの活性金属とともに、従来の金属窒化物触媒と同程度の速度でNH3を生成します。サステナブルな肥料生産の詳細に関しては、当社の最新の記事をご覧ください。
RNA治療薬の発展

mRNAは、COVID-19ワクチンでの応用で注目されましたが、RNA技術の真の革命は始まったばかりです。最近、新しい多価ヌクレオシド修飾mRNAインフルエンザワクチンが開発されました。このワクチンは、20種類の既知のインフルエンザウイルスのサブタイプすべてに免疫防御をもたらし、将来的な感染爆発を防ぐ可能性を持っています。多くの希少な遺伝性疾患では、重要なタンパク質が欠落していることが多く、mRNA治療により健康なタンパク質と置き換えることで治癒する可能性があるため、mRNA治療の次の目標となっています。mRNA治療薬のほかにも、臨床パイプラインには複数のがんのほか、血液・肺疾患に対するRNA治療薬候補がたくさんあります。RNAは標的性に優れ、多目的性がありカスタマイズも容易なため、広範囲にわたる疾患への応用が可能です。活気にあふれるこのRNA技術の臨床パイプラインと最新トレンドに関する詳細は、CAS Insights Reportの最新号をご覧ください。
迅速な骨格変換

合成化学では、分子構成における単一の原子を安全に入れ替えることや、分子骨格における単一の原子を挿入または削除することは、困難な課題でした。周辺置換基で分子を官能化する方法(C-Hの活性化など)は多数開発されているものの、有機化合物の骨格の単一の原子に対して修飾を施す方法は、シカゴ大学のMark Levin氏のグループが最初に開発したものです。これにより、ピラゾールやインダゾールの核のN-N結合を選択的に開裂し、ピリミジンやキナゾリン類を得ることができます。骨格編集法がさらに発展すれば、市販分子が急速に多様化し、より速い機能分子や理想的な医薬品候補の発見につながる可能性があります。
四肢再生の前進

2050年までに、四肢欠損の患者は年間360万人以上に達すると予測されています。長い間、科学者たちは、四肢再生の鍵を握るのは神経の存在だと信じていました。ところが、Muneoka博士らの研究により、哺乳類の指の再生に機械的負荷が重要であること、そして神経がなくても再生が阻害されないことが明らかになりました。また、タフツ大学の研究者らは、ウェアラブルバイオリアクターを用いた急速多剤投与により、カエルの四肢を長期的に再生させることに成功し、四肢再生の研究は大きく発展しました。この初期の成功は、より大規模で複雑な人体の組織再形成の進歩につながる可能性があり、最終的には退役軍人や糖尿病患者、また四肢の切断や外傷を受けた人々に恩恵を与えることになるでしょう。
核融合反応で投入したエネルギーを上回るエネルギー出力の獲得

核融合とは、太陽や恒星の動力源になっているプロセスです。何十年もの間、核融合をエネルギー源として地球上で再現できれば、理論上、地球で将来必要になるエネルギーをすべて供給できると考えられてきました。その目標は、軽原子を強く衝突させて融合させ、消費した以上のエネルギーを放出させることでした。しかし、正の原子核同士の電気的反発に打ち勝つには、非常に高い温度と圧力が必要になります。この反発を乗り越えられれば、核融合は膨大なエネルギーを放出し、それが引き金となって周辺の原子核の融合も誘発するはずです。従来の核融合の試みでは、強磁場や強力なレーザーを使用していましたが、消費した以上のエネルギーを生み出すことはできていませんでした。
ローレンスリバモア国立研究所の核融合実験点火施設の研究者によると、核融合の点火に成功し、投入レーザーエネルギー2.05メガジュールに対して3.15メガジュールのエネルギーを発生させたとしています。これは記念すべきブレークスルーであることは間違いないものの、核融合炉が実用化されて送電グリッドへ電気の供給が実現するには、まだ何十年もかかる可能性があります。実現までには解決すべき大きなハードル(拡張性、発電所の安全性、レーザー生成に必要なエネルギー、無駄になる副産物など)が数多くあります。とは言え、核融合点火の成功というブレークスルーは大きなマイルストーンであり、この成果を土台に今後の進歩に道を開くことは間違いありません。